東京高等裁判所 昭和29年(ネ)2252号 判決 1955年7月04日
控訴人 山佐信栄
被控訴人 清水惣五郎
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張の要旨、立証及びその認否は原判決の事実に記載するところと同一であるから、これを引用する。
理由
原審における被控訴人本人の供述によりその成立を認める甲第一、二号証、成立に争のない甲第三号証及び右供述によると、訴外久米善三郎は東京都千代田区神田美土代町四番地の一〇所在宅地三〇坪二勺の元の地主であつた訴外堀越角次郎から、右宅地のうち電車通りから向つて左側の一五坪七合(本件土地という)を建物の所有を目的として賃借していたところ、被控訴人が昭和四年六月一七日訴外久米善三郎から本件宅地に対する賃借権を譲り受け、その後これにつき右地主の承諾を得たこと、(この賃借権について被控訴人のため登記がないことは、被控訴人の認めるところである。)被控訴人が本件地上に登記をした木造トタン葺二階建住宅及び店舗一棟建坪一二坪二階一四坪を所有していたが、右建物が昭和一九年一二月又は昭和二〇年二月戦災により焼失したことが明らかである。(被控訴人が地主堀越角次郎から更めて本件土地を賃借したとの被控訴人の主張事実は、これを認め得べき証拠がない。)成立に争のない甲第四号証の一、二によると、本件土地を含む右宅地が昭和七年一二月一日出資により訴外堀越合資会社の所有となり(昭和八年一月一二日所有権取得登記)、昭和二二年七月一日会社合併設立により訴外丸文株式会社の所有となつた(同年一〇月七日所有権取得登記)ことが認められ、控訴人が昭和二七年六月一三日訴外丸文株式会社からこれを買い受け、同月一六日その所有権取得登記を経たことは、当事者間に争がない。
被控訴人は、「本件土地を含む右宅地が連合国軍によつて接収され、この宅地について土地工作物使用令(昭和二〇年勅令第六三六号)の適用があつたことを前提とし、同令の適用がある土地については罹災都市借地借家処理法(同法第二八条は戦時罹災土地物件令を廃止した。)の適用が排除され、従つて戦時罹災土地物件令が適用されるものとし、同令第六条の規定によつて、被控訴人は、本件土地に対する右賃借権の登記及び同地上に存する建物の登記がなくても、その賃借権を以て控訴人に対抗することができる。」旨を主張するので、この点につき判断する。
成立に争のない甲第五号証竝びに原本の存在及びその成立についての争のない第一号証によると、前記宅地が昭和二一年四月一日から昭和二七年一〇月一七日まで連合国軍によつて接収されていたことは明らかであるが、右接収にあてるため前記宅地が土地工作物使用令によつて使用されていたと認め得べき証拠はなく、むしろ前掲乙第一号証によると、右接収期間中東京都長官が前記宅地の所有者からこれを賃借して連合国軍の接収にあてていたことが認められるから、前記宅地について土地工作物使用令の適用があつたものとみることはできない。又土地工作物使用令の適用ある土地については、同令に対し特別法と一般法との関係にある罹災都市借地借家臨時処理法の適用が排除され、従つて戦時罹災土地物件令の適用があるものとする解釈論は、全く被控訴人の独自の見解であつて、採用することができない。
昭和二〇年七月一二日施行された戦時罹災土地物件令第六条の規定によると、被控訴人の賃借権は地上建物の滅失した時以後土地所有権を取得した第三者に対抗し得たものであつたが、戦時罹災土地物件令は昭和二一年九月一五日罹災都市借地借家臨時処理法の施行と共に廃止され、同日以後は同法第一〇条の規定によつて保護されることとなつた。同法条の規定によると、被控訴人の賃借権は、その登記がなく、かつ地上建物の登記がなくても、昭和二一年七月一日から五年以内に、その土地について権利を取得した第三者に対抗することができるのにとどまり、それ以外は一般法の原則に従う外ないのである。控訴人が前記宅地を買い受けたのは昭和二七年六月一三日で同月一六日その登記をしたことは前記のとおりであつて、それは昭和二一年七月一日から五年を経過した後であるから、本件土地に対する賃借権の登記も地上建物の登記もしていない被控訴人は、その賃借権を以て控訴人に対抗することはできないものと言わなければならない。
よつて、被控訴人の本訴請求は理由がないものとして棄却すべく、これを認容した原判決は失当であるから、取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 角村克己 菊地庚子三 吉田豊)